教科書を読む…、ただそれだけ。
2026/09/21
小さな塾をやっている。
だが、ボクはそれを「塾」とは言わない。「ラボ」と呼んでいる。
特にカリキュラムはないし、学校の授業のやり直しをするわけでもない。
学生のアルバイトの講師も雇わない。
でも、それぞれの分野のプロを先生として招いている。業務委託というヤツだ。
「ラボ」には特別のテキストがあるわけではない。
教科書を読む…、ひたすらに…、だけども丁寧に読み込む。
子どもたちは、最初は教科書が読めない。学校で教科書をほとんど使ってないからだ。
そんな不思議なこと…、そしてそんな理不尽なことがあるのか…、初めのうちは愕然とした。
特に中学になると、先生はオリジナルな教材を使って(拵えて)授業を展開するらしい。
で、「分かったね」となり、「確認のテストをやろう」ということになる。
「やり方」は教える。でも「考え方」は教えない。
「正解」には導く。でも「そこまでの理屈」は教えない。
教科書には、その理屈が書いてある。だから理屈に沿って理解すれば、自力でも単元を終えることができる。
ただ、教科書は「ちょっとだけ不親切」だ。
つまり、「ちょっとだけ理屈が丁寧ではない」…、雑なんだ。
その「雑さ加減」がいい…、そうボクは思っている。
何でもかんでも「懇切丁寧に」書かれていればいいってもんじゃない。
書かれていないところで、生徒は「?」となる。
この「?」に至る導線も、どうやら教科書の編集による「仕掛け」みたいだ。
だから、教科書を読むと「考える」クセがつく。
自力で「分かる」ようになるまでの耐性がつく。
ボクは、今、ある中学2年生と「数学」の教科書を一緒に読み込んでいる。
専門の社会と、ちょっとだけ畑違いの国語も教えているけど、それらとはまったく違う世界を学んでいるんだ。
すると「これ…、国語力ですよね」と中学2年生が言う。
「そうだよ。特に数学の教科書は国語力が大切だね」とボクが返す。
「数学って理屈なんですね」…、中学生がそこに気づく。
「そう。だから丁寧に読む」
「学校では先生からやり方だけ教わって、あとは問題を解くだけ」
「それだけ?」
「それだけ。で、ひたすらワーク(問題集)をやれって。そこから定期考査の問題を出すって」
「それがおかしいって思ったんだね」
「はい。なんでもっと教えてくれないのかなって…、学校行く意味があるのかなって…」
「だから不登校になった?」
「いえ、不登校ではありません。プチ不登校です」
教科書の威力は絶大だ。でもそのことに誰も気づいていない。
つまり教科書を読まない。先生は教科書を読ませない。だから教科書が読めない…。
これって、実は大問題なんじゃないかって思う今日この頃です。
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