学校の制度設計。
2026/10/21
昭和から平成の初期にかけて、小学校の就学時に「集団知能検査」というものが実施されていた。
いわゆる「IQ検査」である。
この検査の結果、集団は概ね「IQ100」を中心(頂点)として、その前後に緩やかな裾野を形成することがわかる。
つまりIQ知能90~110の範囲に、全体の70%が分布し、それが70~130に広がると、全体の95%を包括するようになる。
そして、包括されない5%の人々(子どもたち)に対して行われるのが各種の支援教育というもので、この支援が近年では充実してきている。
ところが問題となるのが、IQ70~130の子どもたちを「一律に指導する」といった、現代の学校教育のしくみである。
一般的に(科学でも証明されている)IQが30以上離れると、互いの意思の疎通が困難になるという。
有り体に言えば、IQ70の子どもとIQ100の子どもは、何とか意思が通じ合う関係性を保てるが、IQ70と120では、それが「できない」ということだ。
そこで教師(学校)は、IQ100前後の子どもにとって一番都合の良い授業を展開することを心がける。
そうしていれば、少なくても全体の70%の子どもたちには、ある程度の満足感を授業で与えることができるからだ。
前述したが、IQ検査(最近では「WISK検査」という)で70を下回れば、保護者の同意の下で「支援教育」を受けることができる。
でも、IQ70~90未満の子どもには、今のところ何の支援もできないことになっている。
繰り返すが、学校はIQ90~110を念頭に置いた授業展開をする。
それがもっとも合理的だからだ。
ということは、IQ70~90の子どもたちには「わからない」授業になっている可能性が高い。
だから先生は、そんな子どもたちのために「とにかく覚えろ」と指導する。
「この部分…、覚えればテストで点が取れるから」と言って、とにかく点を取らせる。
しかし彼ら(IQ70~90)の気持ちは晴れない。
本質的に「理解できていない」のだから、何となくモヤモヤするのは当然だ。
同じ事は、IQ110以上の子どもたちにも言える。
110~130にある子どもたちは、ある意味で「優越感」に浸れるだろう。
難なく、苦もなく…、理解できるからだ。
簡単すぎて欠伸がでちゃうかもしれない。
ところが、IQ130を越えると、その状況が一変するみたいだ。
優越感どころか、別の苦痛に見舞われる。
「何でこんな授業に付き合わなければならないのか」といった苦痛だ。
しかし、そんな彼ら(「吹きこぼれ」という)に明確な支援はない。
そして、このIQ90~110を中とした合理的な取り組みは、授業だけに収まっているわけではない。
学校という社会を制度設計する際の「基本中の基本」として、あらゆる場面に浸透している。
学校内の細かなルール規定、目には見えない規範や習慣、教科書の記載にいたるまでが、「90~110」が心地よく過ごせる場として機能しているのだ。
その制度設計が、近年になって「完成した」とボクは見ている。
完成したのだから、この設計は、今後一㍉も変わることはないだろうと、ボクは見立てている。
するとどうなるか?
居心地の良い子どもは、ずっと「居心地の良いまま」で過ごすことができる学校となった。
しかし、居心地の悪い子どもは、「居心地の悪いまま」で学校生活を送らねばならない。
そこに残念ながら学校内での「逃げ道」はない。
完全な少子化(子どものマイノリティー化)で、学校内でマジョリティー化した大人(先生)が、ガッチリとその設計の守りを固めているからだ。
となれば、「逃げ道」はただ一つ。
「脱学校」しかない。
これも不登校の一面である。
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