念願叶った? 学校の完成形。
2026/07/04
別に脅かすつもりはないが…、
明日からあなたの子どもが「不登校になる」ということは十分に考えられる。
そういう時代にボクたちは生きている。
そういう時代って「どんな時代?」と思う人もたくさんいるだろう。
子どもたちから少しずつ学校に対して「NO!」が突きつけられる…、そういう時代だ。
子どもたちは競争を避ける。
比較を嫌う。
圧力から逃げる。
混沌を苦手とする。
そんな中にあって、学校には未だに「競争」「比較」「圧力」「混沌」が蔓延している。
昭和を懐かしむ人々は「競争」「比較」「圧力」「混沌」こそが、自分たちを成長させてきた源泉である…、そう思っているに違いない。
けれども昭和と令和の現代とでは、学校における子どもたちの「密度」がまるで違うってことに、ボクたちは改めて気づかねばならない。
昭和の学校には子どもたちが溢れかえっていた。
圧倒的多数の子どもたちこそが、実は学校のマジョリティーを形成していた。
大人(先生)の存在は、確かに絶対的ではあったが、その圧力を子どもたちの密度がはるかに上回っていた。
だから子どもたちは、個々人が、「自分のリズムで息をすること」が許されていた。
大人(先生)には、生徒ひとり一人の「息のリズム」に介入するだけの余力などなかったワケだ。
だから学校(先生)は「事故が起きない」範囲で、子どもたちを「ゆる~くまとめる」…、ただそれだけでよかった。
所詮、大多数の子どもたち(マジョリティー)を「管理」するなんてことはできな相談だったから、ハナから先生たちは「子どもを管理する」という発想を持たずに済んだのである。
けれども今は違う。
少子化で、子どもたちがマイノリティーになってしまった。
逆に、「キメの細かい教育」「面倒見の良い教育」を標榜するがあまり、先生たちの人数は増え続け、先生たちが学校の主人公になってしまった。
その息苦しさは、相当なものであろう…、とボクは考える。
そしてこんなズボラなボクだって、その息苦しさから逃げたくなって「不登校」を選んでしまう可能性は十分にあると思ってしまう。
学校は、なんであんなに「管理」したがるのだろう?
先生は、どうして子どもたちを「枠」の中に入れたがるのだろう?
管理教育が国にとって上手に機能し始めたのは、30年ほど前のことだ。
その時代に「子ども時代」を過ごした人々が、今、学校の中心になって動かしている。
「管理されること」をあたりまえとして育った人々は、人(子どもたち)を管理することが「正義」であると真剣に思っている。
だから真面目に「管理」する。
そして、その「管理されること」を大多数の子どもたちが、実は自ずから望んでもいる。
「ボクたち、ワタシたちをちゃんと『管理してください』」といった子どもたちからの声が聞こえる。
これこそが、30年来の念願であった「管理教育の完成形」なのである。
だから、そんな完成された「理想的な学校」に来られない状態にある「不登校」を、先生は本質的な部分で理解することができないのである。
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