不登校にある子どもを腫れ物扱いすることの危険性
2026/04/26
不登校の状態にある子どもたちは一様にセンシティブでもある。
傷つきやすく、壊れやすく、何に対しても後ろ向きに考えたりする。
で、親も先生も、そして行政も、そんな子らを腫れ物と認識し、デリケートな対応をする。そしてそれは間違っていない。
うん、確かに彼らは「腫れ物」に違いない。ヘタにいじって腫れ物が悪化したら大変なことだ。
「スリ傷」程度であっても、そんな彼らにさらなる「傷」を与えたら、それは与えた側の瑕疵となる。
だから、周囲の大人たちは細心の注意をはらって彼らを遠くから見守る、または声がけをする。
けれども、そのように扱われ続ける不登校の子どもたちの「出口」は、いったいどこに見えるのであろう。
デリケートに扱われ続けた子どもたちに相応しいのは、きっとデリケートに覆われた社会でしかない。
「めんどくさい…」と大人は思う。
しかし、その「めんどくさい」デリケートな対応をを大人たちは淡々と実行する。
意地悪な言い方をすれば、実行し続けることで「アリバイ」をつくる。「ちゃんと見ているよ、考えているからね」とする実績が大切なんだ。
子どもは育つ。不登校状態であっても…、確実に育つ。成長する。
だから大人の「アリバイづくり」も、子どもたちにはとっくにバレている。
センシティブな状況にある不登校の子どもたちが、その程度の大人の事情に気づかぬはずがない。
つまり、彼らは大人たちから「腫れ物」として扱われている自身をハッキリと認識し、さらに自分は弱者であると認識する。
そういったことを「認識」し始めたら、そう、認識しだしたら…、ボクたちは彼らを「腫れ物」として扱うことをやめた方がいい。
次に大人たちが実行しなければならないこと…、それは彼らを弱者の淵から救出することだ。
多少の「スリ傷」を負っても、ちゃんと自分の傷口にツバを塗って回復させるほどの治癒力を与えなければならない。
それを見極めるには、子どもたちの「心」が大人になりたがっている…、その瞬間を見失わないことだ。
子どもは、いつまでも子どものままでいたいワケじゃない。弱い子どものままでいいワケがないと思っている。
「何とかしなきゃ…」と、いつだって勇気を育てているんだ。その勇気が1㍉でも芽生えた時、その時が潮時かもしれない。
その潮時に、大人は子どもを「船出」させる。そう、大人も勇気を振り絞って子どもを少しだけ遠ざける。
ただ、その「船出」に失敗しても、戻ってくることができる「港」だけは用意しておく。それだけでいい。
そういったことの繰り返し(トライ&エラー)が、子どもを…、不登校の子どもを少しずつ「腫れ物」の呪縛から解放する。
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