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<title>学校の善意。</title>
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良かれと思って…良かれと思って、少人数学級が実現した。
良かれと思って、学年担任制が導入された。良かれと思って、学習支援員が配属された。
良かれと思って、ティーム・ティーチングが常態化している。良かれと思って、特別支援学級が増設された。
良かれと思って、相談員や支援員、それに学校カウンセラーが設置された。学校は、善意によって、あらゆる子どもたちを支援し、守ろうとしている。そして、これぞ「学校はサービス業」の極意である。学校は考え得る限りの各種サービスを提供する。
そして子どもやその保護者はクライアント…、っていうワケだ。それでどうなった？子どもたちは、皆が元気に生き生きと学校生活を送っているのか？もしそうであるならば、この５年間で不登校児童・生徒が１０万人も増えるはずがない。学校に大人が多い。
多すぎるほどの大人の目が子どもたちを見ている。観察している。そして監視している。子どもたちは「逃げ場」を知らない。
大人たちに囲まれた「息苦しい密室」の中で、それがストレスであるとは気づかずに、子どもたちの心は、少しずつ削り取られていく。学校は、大人たちの善意によって、結果的には不登校を生み出す「装置」となった。
大人たちが「良かれと思って」積み上げてきた理想の学校環境の中で、子どもたちが、今、悲鳴をあげている。だが、その切実な「悲鳴」に、ほとんど誰も耳を傾けようとはしていない。

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<pubDate>Wed, 15 Apr 2026 10:40:00 +0900</pubDate>
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